さてみなさんは、グローバルスクールに入園してから、これまで、毎日モンテッソーリ活動・「おしごと」に取り組んできました。 今日はそんな「おしごと」という名前に込められた意味について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
私たちの生きるこの世界には様々な生き物がいます。哺乳類には約6000種、昆虫に至っては約95万種確認され、特に昆虫はまだ発見できていない種が膨大に残っているのだそうです。
モンテッソーリ教育の創始者のマリア・モンテッソーリは生命にはそれぞれの役割りがあり、それぞれが生きるうちに、互いに相互作用で支え合う仕組みになっているということに言及しました。森に川が流れ、川に鮭が泳ぎ、それを熊が捕まえて、陸に引き上げて森の中で食べます。その食べ残しが、森の土に溶け出し、肥料となって木をますます強くし、森が栄えます。それは循環し、巡り巡る命の姿「エコ・システム」です。それは森を飛び出し、大気を浄化し、地球の全体の調和、共存共栄の輪へと広がっていきます。それぞれの生命は、その種の、またその個体のインスピレーションに従って全力で潜在能力を発揮して生きているのです。その中で自ずと、知らず知らずに生命全体の調和を支える存在として生きています。これがこの地球の、そして宇宙全体の万物の存在の素晴らしさです。
同じことは我々人類の文明の中にも言えることです。こちらもモンテッソーリが特に強調していたという話ですが、誰が私たちの着ている服の綿花を収穫したのでしょうか。誰がそれを紡いで生地にし、誰がそれを肌触りのいい、そして見栄えのいい衣服に仕立てたのでしょうか。その名は知らないことがほとんどです。考えて見ればなんという思いやりの形でしょうか。それぞれの人は自分の仕事のために働いているようで、結果的には知らず知らずに人類全体の支え合いと調和に貢献しているのです。 当人は気づかぬとも、その人が行なっていることは、この世界において必ず何かの意味があり、 その人生にも重要な価値があるのです。
しかし、もっといいことに私たちはこの素晴らしい世の中の仕組みに気づくことができます。自分の潜在能力を発揮することは楽しく、自分の役割が人の役に立つことを知る時、私たちは疲労を感じるよりも、むしろ活力を新たに得てますます強くなるのです。日本語ではこれを「生きがいを感じる」と表すことができます。この言い方は、外国語にはピッタリと合うものがなく、そのまま 「Ikigai」と使われることもあります。 生きがいを持つことは人々に活力を与え、寿命を延ばす効果も期待できるそうです。 自分の潜在能力を発揮して、他者の役に立っていると実感できる時の幸福感は特別なものです。このような状態 は「自己実現」とも呼ばれ、その人が成り得る最高の自分を生きていることも意味しています。
そして、やや大げさのようですが、このことが「おしごと」に通じるのです。
「おしごと」は単なるモンテッソーリ活動の時間の「作業」ではなく、「天職を全うする」「宿命を生きる」という営みの一端でもあります。子どもたちはそれぞれに自分の発達に必要な活動に情熱をもって取り組みます。 その際には自分の潜在能力を限界まで使い、それをさらに広げていきます。また、「花を活ける」「ほうきで床を掃く」「布を洗う」など一部の活動や異年齢混合クラスの中で「お友達に教える」ということを通して直接的にみんなの役に立てていることを実感できる機会があります。
みんなそれぞれに居場所があり、それぞれに役割がある。そしてその人がその潜在能力を発揮する時、その人は幸せであり、さらにそれは生命全体の幸せにつながる。それがモンテッソーリが見出したこの世界の真理であり、その深い感動を持って名づけられたものが「おしごと」なのです。
FrontierKids Global School 施設長
眞島 拓也